11月も今日で最後の1日。
早いもので、今年もあと1ヶ月となりました。
夏から荒れていた我が家の花壇にショップで買ってきた花の苗を植えましたが、まだ十分に整備仕切れていません。
なので、今月も散歩で通りかかったよそ様のお花の紹介です。
菊の一種でしょうか、バックの白壁によく映えます。
色とりどりのゼラニユウム。
我が家のゼラニュウムは枯れてしまいました^^;
八重咲きのダイアンサス?それともカーネーション?
11月中旬でしたが、まだペチュニアが咲いていました。
きっと大事に育てられているのでしょうね。
・・・・反省・・・・
見事に咲いたシクラメン。
葉っぱがクローバーのようなハナカタバミ。
道ばたに咲いていた花???
来月は、我が家の花壇を紹介できるよう頑張りたいと思っています。
2016年11月30日
2016年11月29日
京都の紅葉⑤~仁和寺(二)~
前稿からの続き~
御殿を出てしばらく北に向かって歩くと、朱色に塗られた中門(重要文化財)が建っています。
この門は広大な敷地のちょうど中間当たりに位置し、五重塔や観音堂といった伽藍中心部に向かう入口ともいえる門になります。
中門をくぐると、西側一帯には「御室桜」と呼ばれる遅咲きで有名な桜の林があります。
当然ながらこの時期は、桜の林(左手)は裸状態でした。
中門の右手には、御殿から見えていた五重塔(重要文化財)が建っています。
この建物は、寛永21年(1644年)建立。
塔身32.7m、総高36.18mで、東寺の五重塔と同様に、上層から下層にかけて各層の幅にあまり差が見られない姿が特徴的です。
紅葉の並木道をさらに北に進んでいくと金堂(国宝)が見えてきます。
金堂は、仁和寺の本尊である阿弥陀三尊を安置する御堂。
慶長年間造営の御所 内裏紫宸殿を寛永年間(1624〜43)に移築したものです。
現存する最古の紫宸殿であり、当時の宮殿建築を伝えるの建築物として、国宝に指定されています。
金堂から少し奥に入ったところに建つ鐘楼(重要文化財)。
通常吊られた鐘は外から見ることが出来ますが、この鐘は周囲を板で覆われており見ることが出来ません。
観音堂(重要文化財)は、残念ながら修復工事のため、見ることが出来ませんでした。
最後に紅葉をゆっくりと味わいながら、来た道を戻ります。
この日は、三カ所の紅葉の名所(そのうち二カ所は世界遺産)を巡ってきました。
お城には桜が似合うと思っていましたが、改めて、お寺には紅葉がお似合いだなと思いました。
2016年11月28日
京都の紅葉④~仁和寺(一)~
PIKAPOLONCAを出てから、仁和寺か龍安寺のどちらに行こうか迷ったのですが、いくらか仁和寺の方が紅葉が進んでいるようなので、仁和寺に行くことにしました。
仁和寺は仁和2年(886年)に光孝天皇の勅願により創建に着手しましたが、天皇は翌年に死去。
そのため、宇多天皇が遺志を引き継ぎ仁和3年に完工し、仁和4年(888年)に落慶供養が行われました。
仁和寺の名称は、元号の「仁和」から由来しているそうです。
また、御室御所(おむろごしょ)という別名の通り皇室と縁が深く、明治期まで皇族が住職を務めた格式高い寺院だそうです。
昭和時代に入ると、仁和寺は真言宗御室派の総本山となり、近年では平成6年(1994年)に古都京都の文化財の1つとしてユネスコの世界遺産に登録されています。
立派な二王門を通りすぎ、仁和寺の東端に駐車場があります。
駐車場へクルマを停めると、東門から仁和寺の境内へ入ることになります。
東門は、二王門と比べると随分貧弱ですが・・・・
東門から少し進むと、金剛菩薩像が露座されています。
これは比較的新しいもののようです。
さらに進むと、前を通ってきた二王門。
<二王門(重要文化財)>
仁和寺の正面に建つ巨大な門で、高さは18.7mで重層、入母屋造、本瓦葺。
門正面の左右に阿吽の二王像、後面には唐獅子像を安置しています。
そして、二王門の右手には勅使門(登録有形文化財)。
この門は封鎖されているので、別の門から御殿へ入っていきます。
御殿の入り口、大玄関。
仁和寺御殿は本坊・宸殿(しんでん)・霊明殿・白書院・黒書院で構成されています。
御殿は宇多天皇が御所を営んだといわれる場所で、内部はまるで宮廷のような造りになっています。
大玄関を入るとすぐにあるのが白書院(登録有形文化財)。
各部屋には、花がきれいに活けられていました。
襖絵も見事です。
もちろん、紅葉も美しいです^^
白書院から観た南門と勅使門。
そして、宸殿・黒書院(どちらも登録有形文化財)へと続いていきます。
宸殿は儀式や式典に使用される御殿の中心建物で、寛永年間に御所から下賜された常御殿がその役割を果たしていましたが、明治20年(1887年)に焼失。
現在は大正3年(1914年)竣工されたものです。
黒書院は京都・花園にあった旧安井門跡の寝殿を移して改造したもので、明治42年(1909年)竣工。
宸殿の北側にはもう一つの庭園、北庭があります。
北庭は、江戸時代の寺院の池泉式庭園の様相を残すものとして貴重なものということから京都市名勝に指定されています。
御殿の最も奥まった場所に建てられているのは、霊明殿(登録有形文化財)。
ここは歴代門跡の位牌を安置している所とされており、本尊として木造薬師如来坐像(国宝)が安置されています。
高さわずか11cmの小さな仏像なので、この写真ではわかりにくいですね。
御殿ではこのような渡り廊下によって、各建物へつながれています。
御殿だけでかなりのスペースをとってしまいました^^;
また長くなるので、このあとはまた次稿で。
仁和寺は仁和2年(886年)に光孝天皇の勅願により創建に着手しましたが、天皇は翌年に死去。
そのため、宇多天皇が遺志を引き継ぎ仁和3年に完工し、仁和4年(888年)に落慶供養が行われました。
仁和寺の名称は、元号の「仁和」から由来しているそうです。
また、御室御所(おむろごしょ)という別名の通り皇室と縁が深く、明治期まで皇族が住職を務めた格式高い寺院だそうです。
昭和時代に入ると、仁和寺は真言宗御室派の総本山となり、近年では平成6年(1994年)に古都京都の文化財の1つとしてユネスコの世界遺産に登録されています。
立派な二王門を通りすぎ、仁和寺の東端に駐車場があります。
駐車場へクルマを停めると、東門から仁和寺の境内へ入ることになります。
東門は、二王門と比べると随分貧弱ですが・・・・
東門から少し進むと、金剛菩薩像が露座されています。
これは比較的新しいもののようです。
さらに進むと、前を通ってきた二王門。
<二王門(重要文化財)>
仁和寺の正面に建つ巨大な門で、高さは18.7mで重層、入母屋造、本瓦葺。
門正面の左右に阿吽の二王像、後面には唐獅子像を安置しています。
そして、二王門の右手には勅使門(登録有形文化財)。
この門は封鎖されているので、別の門から御殿へ入っていきます。
御殿の入り口、大玄関。
仁和寺御殿は本坊・宸殿(しんでん)・霊明殿・白書院・黒書院で構成されています。
御殿は宇多天皇が御所を営んだといわれる場所で、内部はまるで宮廷のような造りになっています。
大玄関を入るとすぐにあるのが白書院(登録有形文化財)。
各部屋には、花がきれいに活けられていました。
襖絵も見事です。
もちろん、紅葉も美しいです^^
白書院から観た南門と勅使門。
そして、宸殿・黒書院(どちらも登録有形文化財)へと続いていきます。
宸殿は儀式や式典に使用される御殿の中心建物で、寛永年間に御所から下賜された常御殿がその役割を果たしていましたが、明治20年(1887年)に焼失。
現在は大正3年(1914年)竣工されたものです。
黒書院は京都・花園にあった旧安井門跡の寝殿を移して改造したもので、明治42年(1909年)竣工。
宸殿の北側にはもう一つの庭園、北庭があります。
北庭は、江戸時代の寺院の池泉式庭園の様相を残すものとして貴重なものということから京都市名勝に指定されています。
御殿の最も奥まった場所に建てられているのは、霊明殿(登録有形文化財)。
ここは歴代門跡の位牌を安置している所とされており、本尊として木造薬師如来坐像(国宝)が安置されています。
高さわずか11cmの小さな仏像なので、この写真ではわかりにくいですね。
御殿ではこのような渡り廊下によって、各建物へつながれています。
御殿だけでかなりのスペースをとってしまいました^^;
また長くなるので、このあとはまた次稿で。